RSS | ATOM | SEARCH
スポンサーサイト

一定期間更新がないため広告を表示しています

author:スポンサードリンク, category:-,
-, -
日本人だから表現できる
王子様と妖精しか出てこないバレエだけがバレエではない−。現実の男女の感情や複雑な心理を描いた英国人振付家アントニー・チューダーの近代バレエ「リラの園」に出合って人生が変わった。観客を呼べる古典バレエだけに頼らず、「日本人だから表現できるバレエがある」と、日本のバレエの未来を信じて独自の道を切り開いた。

 10歳でモダンダンスを始めた。終戦直後の1946年、「白鳥の湖」が日本で初演され、バレエブームに沸くなか、20歳でバレエに転向し小牧バレエ団に入団。師事した小牧正英氏と54年に結婚、プリマとして多くの舞台を務めたが62年の離婚と同時に退団した。

 65年に立ち上げた「スターダンサーズ・バレエ団」では、主にプロデューサーとして活躍。ロビンス、マクラミン、フォーサイスら名振付家による近代バレエの名作や、日本人振付家・鈴木稔の「ドラゴンクエスト」など多くの創作バレエの公演を精力的に行った。

 「残りの人生は教育にかける」。バレエの歴史が短い日本にはまだ国の教育機関もないが、そんな日本の現実に早くから立ち向かった。96年には昭和音楽芸術学院にバレエ科を発足させ、私的な“おけいこ場”しかなかった日本のバレエ界に風穴を開けた。

 それでも「40年間やり続けたけれど何にも変わってない」と語り、夢が尽きることはなかった。

 昨年夏に2度目のがんの手術を受けた。「半分病人のような状態はイヤ。仕事をきちんとやりたい」と術後の化学療法は拒んだ。治療の過程でパーキンソン病も発覚したが、「ちょうどいいわ」と、周囲にはがんであることを伏せ、パーキンソン病だと告げていたという。

 2003年から同バレエ団の代表を引き継いだ姪の小山久美さん(46)は、「物欲もなく、バレエに捧げた人生でした。どうしてあそこまでできたのか…」と語る。小さい時から隣家に住む身近な存在。甘いものに目がなく、かりんとうが好物の叔母だった。

 世界的バレリーナの吉田都さんは、98年に同バレエ団では初の「くるみ割り人形」をゲストとして踊った。訃報を聞いた直後の昨年12月22日に行われた英国ロイヤルバレエ団「くるみ割り人形」のパートナーは、偶然にも「スターダンサーズ〜」への出演経験があった。「2人で瑠璃子のために踊ろうね」と太刀川さんに捧げたという。

 しのぶ会は2月28日午後2時から昭和音楽大学テアトロジーリオショウワで行われる。

ZAKZAK 2009/01/15

大スターだったんだろうなぁ
author:sench, category:-, 16:09
comments(0), trackbacks(0)
スポンサーサイト
author:スポンサードリンク, category:-, 16:09
-, -
Comment









Trackback
url: http://sench.jugem.jp/trackback/206